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kimさん

Author:kimさん
大阪府在住

愛機・・・CANON EOS1V
     CANON EOS5DⅢ
     NIKON F
     ZENZABRONICA SQ 等

このブログに載せている写真
  …EOS5DⅢで撮影
通常メインで使用しているカメラ
  …EOS1V(フィルム一眼)


写真の撮影が趣味で、自分で撮った写真を見てもらえるようにと始めたブログです。

仕事の合間に撮影して、アップしていきます。

もしよかったら、感想なんかを残していってください。

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KIMさんのPHOTOLIFE
趣味で撮った写真を、その撮ったときの様子とともに、皆さんに見て頂くためのブログです。 せっかく来ていただいた皆さまの足跡を残すためにも、是非コメントをお願いします。
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福島に行って・・・知らなくてはならないこと
これから一週間は、いつもの写真とは違う内容になります。
このブログでは、基本的に「お気に入りの写真を自己満足で公開する」ということをコンセプトにしているので、あまり政治的なことや、自分の思いなどには触れないようにしています。
でも、年末に福島に行き、いろんな場面やいろんな人に出会い、私たちが知らないことが、知らされていないことがたくさんありました。
だから、このことを知った自分がどうするべきか考えさせられました。
知ったことを、できるだけたくさんの人に知らせる義務が自分にあるのではないか、
しかし、ネットの中に無責任に写真などを載せることは、1つ間違えれば逆効果になることもある。

いろいろ考えてきたのですが、できる範囲で、自分なりに感じたことと、見てきた最低限の事実は伝えなければならないと考えて、このブログに載せることにしました。
ここに来られている皆さんにも、いろんな考えをもたれている方がおられると思いますが、ご覧いただけたら嬉しく思います。

私が行ったのは、福島県の浜通りとよばれている、東側の海岸沿いの地域です。事故を起こした福島第一原子力発電所の北側にあたる南相馬市の仮設住宅にある集会所へ行き、自分たちにできること、心のケアなどの手助けをしたり、復興ボランティアセンターでのボランティアなどをしてきました。また、もう一つの大きなことが、福島の実態を見て聞いて、大阪に戻って伝えるということです。

ですから、今日からしばらくはその時に見てきたことを、ここで写真を使ってお伝えしたいと思います。


私が福島で見て感じたことは、震災発生から2年9ヶ月が過ぎ、世間では「復興」「絆」ということばや政府の「アンダーコントロール」「もう大丈夫」ということばが広まっているが、福島のこの地域にはこのことばはまったく当てはまっていないということです。目にする光景は「2年9ヶ月間、時計が止まったまま」という実態です。

今日紹介する写真はすべて、昨年の12月27日に「避難解除準備区域」で撮ったものです。「避難解除準備区域」とは現在は避難指示が出ていて居住することや、場合によっては入ることもできない地域で、数年後(何年先かはまだ決められない)の避難解除の時のために除染作業などを始めた地域です。つまり、地震や津波の被害にくわえて、避難しなくてはならない、戻ってくることができない、そんな場所の現実を見ると、今もこの状態なのだということです。


まず、1枚目は町の中の様子です。地震の影響でブロック塀が崩れたところです。この地域には家が倒壊している家もあるが、まったく無傷な家もあります。でも、ほとんどの家が震災当時のまま放置されており、倒壊した家もそのままです。何軒かは避難指示が解除されたときのために補修をやっと始めていますが、ほとんどがそのままです。
本当に、避難指示が解除されたとしても、果たしてどれくらいの人がこの町に戻ってくるのだろうかとおもいます。
少なくとも、ゴーストタウンのようになってしまった町を歩いてとてもさみしい気持ちになりました。

0V5A8553.jpg


2枚目の写真は、町の中にあった工場が崩れてしまった跡です。このように道路に崩れてきてしまった状態で、現在も放置されているのです。いかに手つかずの状態かが良く分かります。「見捨てられた町」だと感じました。

0V5A8574.jpg


3枚目の写真は、前の写真の真正面から撮ったものです。なぜ、この地域の被災した建物が2年9ヶ月経った今もそのまま残されているのか、そこを考えるとやりきれない思いです。

0V5A8575.jpg


最後の一枚は、この地域の海に近いところにある小学校の校舎内の写真です。津波が直撃して1階部分は壊滅状態です。体育館には、卒業式の飾り物がされたまま残されています。2階の教室には生徒の持ち物も残されています。
なぜ?という思いがこみ上げてきます。

0V5A8690.jpg

今回出会ったある人にお話を聞いたら、「このあたりは、津波の被害もなかった。余計なもののせいで復興に向かわない」ということを言っておられました。
戻りたくても戻れない、3年近くも帰るめどすら立っていない状態が続けば、誰がこの町に帰ってくるのか
放射線の影響があるかもしれない場所に、子どもを連れて戻ってくる若い夫婦がいるのか・・
人が戻ってこないところに店は出るのか、店のないところに人が戻るのか??

そんなことを考えながら、現地の見学を続けました。(続く)
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コメント
怖い傷跡ですね
私達がテレビで見ている所は発電所の情報しか知らなかったので
こんな写真を見ると驚きますね、特に入る事の出来ない地区は
手付かずのままなんでしょうが…
このまま何十年も忘れられていくんでしょうね。
[2014/01/13 17:03] URL | Cat #BaHfIg/M [ 編集 ]

被災地
被災地というのは本当に無残で、そこに住む人達の気持ちはヨソ者には計り知れないモノであろうと思います。以前私、あるボランティアでイスラエルの少年に毎月の学費、医療費のたしにと仕送りを続けておりました。その時彼に貰った手紙。プレゼントと書かれた絵は”ガレキの山”の絵でありました。生まれてからずっと戦争の中で暮らしてきて、それ以外の景色を見たことが無いからなのでした。彼が18歳になるまでの10年あまり、いっそ日本に呼んで、、などとも、甘い考え持ったことのありましたが、、、彼は「自分の国の為に役だつ人間になるのだ」と、、彼の最後の手紙には「私のほかにも沢山の、被災した子供がいます、援助してあげてください」と、頼まれました。安穏と日本で暮らしている私が恥ずかしく、でも、平和に暮らしている私だからできる事があるはず、と、気をとりなおして、アフリカやインドの子供達、シオラレオネの手足を切り取られた非戦闘員の人達への援助に参加させていただきました。定年を迎えるまでの30年あまり、あのイスラエルの少年の教えに感謝しつつ暮らしております。今回の福島の体験、kimさんのこれからの人生の方向に、なにか確かな手がかり与えてくれるような気がして、、、仲間が増えたような気がして、とても嬉しい気持ちです。
[2014/01/14 09:50] URL | U #4bWz8s1g [ 編集 ]

Re: 怖い傷跡ですね
Catさん、こんばんは
本当に、現地に行かなければ分からないことばかりです。
よく考えれば、放射線の関係で入れないところがあるのだから、復興に向けて動き出すこともできないのは当然なんです。でも、現状としての原発の状況は報道されても、その中で、戻るに戻れず、前へも進めず、「帰還に向けて準備しています」ということばだけで、放置されている人たち、放置されている町があるということに目を向けなければならないと思います。
避難中の皆さんの思いはいかばかりでしょうか。
「頑張ろう東北」というけれど、「絆」というけれど、福島の人たちはどのように感じているのか、考えていきたいです。
[2014/01/14 22:03] URL | kimさん #- [ 編集 ]

Re: 被災地
Uさん、こんばんは
コメントありがとうございます。福島から850km離れた大阪に住む自分に何ができるのか・・そう考えるだけでなかなか動けなかった私ですが、実際に現地に行ってみて感じたことはとても大きいです。
今回福島に行って感じたことはたくさんありますが、原発事故で多くの人が「生活」を奪われ「将来」を奪われているのに、それに対して誰が責任をとれるのかということです。
津波の被害は防げないし、自然が相手だから誰も責任はとれません。でも、原発事故は別です。人間が作ったものです。それも福島の人は使わない、関東の人たちのための発電所です。産業のなかった場所に補助金をちらつかせながら作らせた発電所です。
その結果がこれです。何かがおかしい・・・そう思うのです。
自分にできることは小さいです。でも、できることはあるはずです。そのことを考えながら少しずつ進んでいけたらと思います。
もう少しこのことについてのブログ記事を続けていきながら、自分なりに思うことも書いていきたいと思います。
[2014/01/14 22:14] URL | kimさん #- [ 編集 ]

できること
作った人、使った人、それでお金もうけた人、色々な責任があるのだろうと思います。
しかし、そんな事は、、後で考えるしかないのでしょう。
いま、困っている人たちに、できることをスル。みんな、そんな気持ちになるしかないのでしょう。人種差別のアメリカで、キング氏が話した言葉。
「善良な、声を出さない、貴方達が、この歴史を作ってきたことを、、」
「オネガイします、正しい事を、声を挙げて、行動してください」と、
できる事は、誰にでもあるのですから、ソレを、自分なりの方法で、やり始めること、がたいせつなのでしょう。kimさんが福島に行き、感じて、行動する、素晴らしいことであります。
何ができるのか?なんて、悩むことはないのです。できることを、それぞれに、やろうと努力するだけで良いのでしょうから。
[2014/01/15 08:05] URL | U #4bWz8s1g [ 編集 ]

Re: できること
Uさん、こんばんは
本当にその通りですね。
福島のボランティアセンターの所長サンのことばに
「できる人が、できるときに、できることをする」というのがありました。
一過性の行動ではなく、息の長い行動が大切であり、何よりも「忘れない」「いつも心にとめて」「その時にできることを続けてする」ということが大切なのだと思います。
こんな私でも、できることはたくさんあるんですね。
このことば、心にとめながらずっと行動していきたいと思います。
[2014/01/16 22:12] URL | kimさん #- [ 編集 ]


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